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プロフィール
HN:
三木玲治
性別:
非公開
自己紹介:
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考古学者「三木玲治」

考古学者「三木玲治」


考古学者である三木玲治は、国内のみならず、世界中の遺跡発掘、化石発掘、海底遺跡の発掘など、
数多くの考古学研究に携わっている。
そんな三木玲治は、最近ではその豊富な知識をいかして、生物学者としても活躍している。
彼の飽くなき好奇心、探究心はとても素晴らしく、多くの学会でも評価されている。
アメリカの大学で博士として講義も行っている他、来月には考古学研究についての著書が出版予定だ。
この著書は世界中の三木玲治ファンや、学者たちに大変心待ちにされている。
これからの三木玲治の活躍が飛躍的に広がることは間違いないだろう。




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三木玲治の井手の沢古戦場跡をめぐる旅

三木玲治の井手の沢古戦場跡をめぐる旅



城山公園から三塚の交差点まで戻り、町田街道を北上。
町田市役所前まで来たら、鶴川街道をひたすら北へ歩きます。

菅原神社の交差点信号の手前左手に本町田・菅原神社があります。

1630年に地元の大沢氏が土地を寄進して祠を建てたのが始まりと伝えられています。

境内にトラックが停まっていたので、またもやイヤな予感です。
なんと、社殿が新しく建て替えられていました…
お参りは諦めて、目的の石碑を探すことに。

社殿の左手に木々に覆われた薄暗い広場があり、
その片隅に、井手の沢(いでのさわ)古戦場碑がありました。

1335年、幕府再興をはかって鎌倉へ進軍した北条時行(ときゆき)軍と
それを阻むために足利直義(ただよし・尊氏の弟)が戦った地です。

これは後で知ったのですが、境内は井手(出)沢城の跡とされています。

社殿のある所が二郭、石碑のある広場が本郭跡だとか

遺構らしきものは何もないですが、鎌倉~南北朝時代のものだろうと言われています。

この日の散策はここまででした。

町田は広く、他にも沢山の史跡があります。

それはまた、次の機会に…




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三木玲治が調査する古墳発掘

三木玲治が調査する古墳発掘 埼玉県での古墳見学です。 この古墳は直径約40メートルの円墳です。 埋葬施設は複室の横穴式石室で、 玄室奥壁には赤・黒・緑からなる 三角文と人物や舟、盾が描かれていました。 装飾文の保存から石室内に入れないことは覚悟していたのですが 「墳丘に立ち入る時には鳥栖市教育委員会に連絡してください」の看板が・・・。 看板を見て絶句すること数十秒。 多分、隣接する個人住宅との兼ね合いだと思うのですが まさか墳丘にすら入れないなんてね・・ ものすごくがっかりしました。 一昔前の三木玲治なら 「そんなこと知ったこっちゃないよ」 とズカズカ入っていったと思うのですが、 公僕と化した学芸員の三木玲治にもはや そんな勇気は無く断念しました。 事前の三木玲治リサーチでは石室入り口の前に 案内板があったはずなのですが、 それすら見ることが出来ないなんて・・・。 遠巻きに古墳の墳丘を眺めながら 「せめて案内板だけでも場所を変えて設置してくれぇ」と 声にならない心の声でつぶやいた古墳見学になりました。 三木玲治 博士 三木玲治 考古学者 三木玲治 歴史学者 三木玲治 生物学者 三木玲治 物理学者 三木玲治 天文学者 三木玲治 遺跡発掘 三木玲治 恐竜発掘 三木玲治 古墳発掘 三木玲治 海底遺跡 三木玲治 考古学研究 三木玲治 化石発掘 三木玲治 恐竜 化石 三木玲治 恐竜の化石 三木玲治 化石調査

三木玲治の新しい発掘

三木玲治の新しい発掘


今日は宿舎から現場に向かおうとした直前から大雨。
全然知らなかったのですが、沖縄はもう梅雨に入っているとか。

早っっ!!

まぁ坊は超が付くぐらい晴れ男で、発掘調査で行ったとある町では、

雨が降らなかった日数記録を更新させ、渇水警報を発令させたた実績があります。

ちなみに、その町では、まぁ坊が帰った翌日から未曾有の大雨になったそうです。
そんなまぁ坊でも沖縄の天気には1週間しか効き目がありませんでした。

雨降りだったので発掘調査は中止になって、これまでの発掘で出土した遺物の洗浄をやることになりました。

いわゆる“整理作業”というやつです。
アルバイトに来ている人たちにせっせと洗ってもらってる横で、
きれいになった土器のかけらを観察していったのですが、本土の土器に比べると「仕上げが荒いなぁ」という印象を持ちました。

それに比べると、こちらの貝の形の美しさの素晴らしいこと。そして本土で見る貝に比べて大きいこと!!
琉球の人は大きな二枚貝の貝殻を器にして食べ物を盛ったりしたんじゃないかなぁ?そっちのほうが見た目も良いしね。

「料理はまず目で食べてから」っていうし、本土でも日宋貿易で中国陶磁器が入ってくると平安貴族の皆さんはすぐに飛び付いて、
須恵器が一気に衰退していったし。NHKの某歴史ドラマで、蘇我馬子が須恵器に盛られた豪勢な料理を食べているシーンがあったけど、

決して美味しそうには見えなかったしねぇ。
琉球の土器は貯水(島では水の確保が死活問題!!)とか煮炊きといった調理(耐熱性)の器でしか用いられなかったのではないかなぁ。
「機能を果たせばそれでいいといった“裏方の器”として用いられたから、見た目にこだわらなかったのでは?」と勝手に想像を膨らませた調査員まぁ坊でした。




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